(読書感想)坂本龍一「音楽は自由にする」新潮文庫(2023年)
前回(坂本龍一が亡くなった)に引き続き、坂本龍一(以下敬称略)を取り上げる。
2023年3月に亡くなった坂本龍一の初の自伝「音楽は自由にする」(初版:2009年)が文庫化されていた。
当時この本を購入して読んだことが懐かしく思い出される。
「音楽は自由にする」では、坂本龍一の生い立ち・学生時代のこと・YMO前後の活動について触れられているのが興味深い。
YMO結成以前、坂本龍一がスタジオ・ミュージシャンとして活躍していたのは有名な話である。
その頃に出会った山下達郎・細野晴臣・矢野顕子に関する見解も興味深いのだが、なかでも、私が面白いと思ったのは、坂本龍一の生い立ちと学生時代のことだ。
親から音楽の英才教育を受けた音楽家は多いが、坂本龍一は、音楽の英才教育を親から熱心に施された人ではない。
もちろん、坂本龍一は幼稚園の頃からピアノを習い作曲をするような環境に居たのは確かだ。
けれども、坂本龍一は小さい頃から私学に通っていたわけではない。
公立小学校→公立中学→都立高校、というように、坂本龍一は一般的な、庶民が進むルートを歩んでいる。
父親が、三島由紀夫等の有名作家を担当した敏腕編集者だった影響もあったのか、高校時代は音楽の勉強に専念していたわけでなく、当時の進学校の高校生がそうであったように、当時は学生運動が盛んで授業をさぼって映画を観たり哲学書を読み漁ったりしていたらしい。
父親からは「30までに人生の方向を決めればよい」と言われていたそうだ。
音楽一家の中で育つ音楽家は多いが、坂本龍一は両親から音楽家の道をすすめられたわけではないのだ。
美術学部のほうが性に合っていた
ご存知の通り、坂本龍一は都立新宿高校を卒業した後、東京藝大音楽学部作曲科に現役で進学したのだが、私が面白いと思ったのは「音楽は自由にする」で坂本龍一は芸大の音楽学部のことを坊ちゃん嬢ちゃんばかりと評していること。
「音楽は自由にする」によれば、東京藝大というのは音楽学部と美術学部で雰囲気がまったく異なり、音楽学部は「お金持ちの坊ちゃん・嬢ちゃんばかり」なのに対して、美術学部は、変わり者だが美術以外の芸術(音楽など)にも造詣があり問題意識を持っている学生が多いらしく、坂本龍一は音楽学部より美術学部のほうが水に合っていたので、美術学部のほうに入り浸っていたそうだ。
実際、坂本龍一の最初の結婚相手も東京藝大の美術学部の女子学生だった。
この辺、以前私が取り上げた東京芸大に関する本に書かれていたことと同じだ((読書感想)最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常(著者:二宮敦人))。
「音楽は自由にする」にははっきりと書かれてはいないけれども、この本にある坂本龍一の言葉から推察するに、
坂本龍一からすれば、
「当時は学生運動がまだ盛んで、世の中に対して疑問を呈するのが若者というものだろうに、音楽学部の学生と来たら、世の中で起きていることはまるで自分には関係がない、というような顔で音楽を奏でている。音楽学部に居る苦労知らずの坊ちゃん・嬢ちゃんが、人々の心に響く音楽を作れるのか?」
そう言いたかったのではないか(何度も言うが…この本にそう書いてあったわけでなく、この本を読んで私がそう感じだ)。
どこかの雑誌のインタビューで坂本龍一は「アルバムにはそれまでの自分の生き様が映し出される」みたいなことを語っていたと記憶している。
坂本龍一が環境や原発などのさまざまな活動に関わっていたのも、そういった活動を通して音楽に関するインスピレーションが得られることを坂本龍一は大切にしていたんじゃないかと、私は勝手に思っている。
坂本龍一「音楽は自由にする」(新潮文庫)
2023年(初版2009年)