(読書感想)グロテスク上・下(著者:桐野夏生)
桐野夏生氏による「グロテスク」は2003年初版の小説である。
2006年に文庫化されている。
小説「グロテスク」の搭乗人物のひとりは、1997年に起きた「東電OL殺人事件」の被害者をモデルとしているといわれる。
東電OL殺人事件は当時、センセーショナルな事件としてマスコミに取り上げられた。
その東電OL殺人事件が起きてから15年以上が経過した。そして「東電OL殺人事件」自体を知らない世代が増えた。
私はこの小説「グロテスク」の存在は昔から知っていたけれど、この本が題材とする「ハイソな付属校での階級社会」が学生時代を彷彿させて息苦しくなるので、この本を読む気がどうしても起らなかった。
初版から20年が経った今、ようやく「グロテスク」を読んでみようという気になった。
小説「グロテスク」ではまさにグロテスクな付属校の階級社会が描かれていて、引き込まれて一気に読んでしまった。
そして読後に妙な解放感があった。
この本が出版されるまでは、大学付属校での階級社会(今風に言えばカースト)について公に語られることが少なかったように思う。
今から数十年前のネットがない時代では付属校の階級社会の内情は世間に広まりにくかったのだ。
そういう意味では、小説「グロテスク」は大学付属校の階級社会を公にした画期的な本だったといえる。
桐野夏生「グロテスク」上・下
東電OL殺人事件とは
東電OL殺人事件とは、1997年、東京電力に勤める女性エリート社員が渋谷・円山町の安アパートで殺害された事件である。
被害者の女性は長年、昼間は大企業で働くエリート社員・夜は円山町で立ちんぼ娼婦という二重生活を続けていた。
被害者女性は、安アパートで売春行為を行っていたところ殺害されたとされている。
犯人として捕まったネパール男性はその後、えん罪が認められて保釈された。
小説「グロテスク」で主人公が通っていた名門Q女子高は、東電OL殺人事件の被害者女性が通っていた高校がモデルだといわれている。
小説「グロテスク」の登場人物
主人公「わたし」
スイス人の父と日本人の母のハーフに生まれるも、容姿はよいとはいえず、ハーフっぽい風貌で圧倒的な美貌の妹と常に比較される。
そのせいか、観察眼が鋭いが粘着気質である。
猛勉強の末、名門Q女子高に入学するものの、俗にいう付属上がりの内部生の洗練した姿に圧倒される。
主人公の妹「ユリコ」
主人公である姉と1歳違い。
子どもの頃から圧倒的な美貌を誇る。
名門Q女子高の付属中学に帰国子女枠で入学するものの、高3のとき売春行為が学校にばれて退学になる。
その後しばらくは高級コールガール等をやっていたが、30歳を過ぎて容姿が徐々に衰え、最終的には立ちんぼ娼婦となり、最後は安アパートで殺害される。
主人公の同級生「和恵」
主人公の同級生のひとりである「和恵」は、東電OL殺人事件の被害者がモデルだといわれている。
和恵は猛勉強の末に名門Q女子高に合格するも、生真面目で空気が読めない行動が災いして同級生からバカにされる。
和恵が生真面目に周囲と対応すると、ことごとく裏目に出て周囲から嘲笑されてしまう…というのは気の毒である。
和恵は付属大学を卒業後、父と同じ大手企業に総合職として就職するも、徐々に精神が壊れていき、昼間は会社員・夜は娼婦の二足のわらじ生活を続けるようになる。
和恵は最終的には、売春現場の安アパートで殺害される。
主人公の同級生「ミツル」
「ミツル」は名門Q女子高でトップの成績をとる優等生である。
ミツルは主人公と同様に裕福ではない家庭に育ったこともあり、Q女子高の階級社会を強く実感している点は主人公と共通する。
卒業後、ミツルは東大医学部に進学するも、宗教にハマり大量殺人を犯す。
ミツルは、東電OL殺人事件と同じ90年代に起きたオウム真理教の信者(医師)をモチーフにしたものだと思われる。
Q女子高と東電OL
この小説「グロテスク」で重要な鍵を握るのが「Q女子高」である。
主人公である「わたし」の告白・主人公の妹「ユリコ」の手記のどちらも読みごたえがあるし(わたしとユリコはやっぱり姉妹で、どちらも哲学的である)、Q女子高の恩師「木島」の手紙にも納得させられる。
徐々に壊れていく「和恵」
なかでも「和恵」が徐々に壊れていく様子の描写が圧巻である。
総合職として期待されて入社した和恵だが、大企業の男社会で浮いた存在となり、会社員と娼婦との二重生活を始めるようになる。
二重生活に疲れて会社の会議室の机の上で昼寝をしているところを、久しぶりに会った会社の常務に発見され「あなたが化粧が濃いのを誰も注意しないの?あなたはやせすぎだ。あなたは異常だと思う。精神科に行ったほうがいい」という旨を常務から告げられても、精神がすでに壊れかかっている和恵にはピンと来ない。
和恵の机の上は書類の山となっていたため、和恵はトイレで弁当を食べるのが日課になる。ほかの女子社員は和恵がトイレで弁当を食べている様子が怖くて、和恵が弁当を食べているトイレに近づかないようになる。
和恵は太ることを異常に気にしていて、2度ほど拒食症で入院している。立ちんぼをやっていた場所近くのコンビニで和恵はいつも汁たっぷりのおでんを食べて食欲をおさえていたという描写が生々しい。
和恵自身が気づかないうちに、「夜」の生活が徐々に「昼間」の生活を蝕んでいく。少しずつ化粧が濃くなり、行動がおかしくなっていく。
和恵の不気味さは徐々に会社でも噂になっていく。
やがて円山町で立ちんぼをやっているのを営業の人が見たという噂が社内に広がっていくのだ。
「和恵」が壊れたきっかけ
著者の慧眼は、東電OL殺人事件の被害者がモデルだといわれる「和恵」が壊れたきっかけが「Q女子高」にあると見抜いたことだと思う。
和恵が猛勉強の末に入学した「Q女子高」では、外部生は内部生の洗練された姿を見せつけられる。
例えば、Q女子高の体育の授業の必修科目「リズミック体操」の様子である。リズミック体操というのは俗にいうリトミックのことだと思われるが、手と脚で別々の拍子で動くことが求められる。
リズミック体操のとき手脚をうまく動かせずタコ踊りをする和恵を同級生が嘲笑する。
そして、和恵は無謀にも、美人揃いの「チアガール部」への入部を希望するのだが、容姿が良くないという理由で和恵は入部を断られる。
付属校特有の人間関係
和恵の拒食症の引き金になったのが「勉強だけではダメ。容姿が優れた人が上に立てる」Q女子高の階級社会だったのではないか。
いわゆる大学付属校では多かれ少なかれ「Q女子高」と同じ傾向があると思う。
著者である桐野氏が通った私立高校・私立大学でも似たようなことを経験したのかもしれない。
ただ「Q女子高」ではカーストがあまりにも強固なのだ。著者がこの小説「グロテスク」で表現したように、「Q女子高」は「嫌らしいほどの階級社会」なのだ。
地方出身で都市部の大学付属校の内情がピンと来ない保護者は小説「グロテスク」を読むことをおすすめする。