(読書感想)音大崩壊 音楽教育を救うたった2つのアプローチ(著者:大内孝夫)
音大崩壊 音楽教育を救うたった2つのアプローチ
著者:大内孝夫
初版:2022年
ヤマハミュージックエンターテイメント
『音大崩壊』という衝撃的なタイトルがまず目を引く。
この本は、わたしのような音大をよく知らない人、たとえば、
・音大の現状をざっくり知りたい人
・音大というのはどういう考え方の人達で成り立っているかに興味がある人
におすすめの本である。
ただ正直な感想として、たとえば、著者の『電子ピアノが音楽教育の救世主』(50年前の話?)など、そうかな?(電子ピアノを製造販売する版元のヤマハへのリップサービスか)と思う箇所もある。
とはいえ、音楽教育ひいては人間教育について考えるきっかけを与えてくれた点で、わたしはこの本を読んで良かったと思っている。
音大の定員の推移
音大の倍率が昔と比べてかなり低くなり、昔よりも音大に入りやすくなっているという話は聞いていた。
この本『音大崩壊』には首都圏私立6音楽大学の定員の推移が掲載されている。
出典:大内孝夫『音大崩壊 音楽教育を救うたった2つのアプローチ』
首都圏私立6音楽大学の直近15年ほどの倍率の推移を見ると、確かに、定員が増えている大学があるものの、定員を徐々に減らしている大学の方が多い。
著者が言うように、30年前には存在した『結婚するまで腰掛的に働く』女性はいなくなり、『仕事を持って自立する』ことを女性に求めるようになったため、花嫁修業的にピアノを勉強するために音大に入学してくる女子学生はいなくなった。
『音大』は大学改革から取り残されたのか
ここ30年ほどの間、日本の大学進学率は上昇し、新設大学・新設学部がたくさん増えた。
この本で著者は、日本にある音楽関連学部の学生数が直近30年間で年々減っていることを指摘する。
出典:大内孝夫『音大崩壊 音楽教育を救うたった2つのアプローチ』
しかし、日本の10代20代の人口はここ30年間で半分近くに減っていることや、音楽の才能がある学生の割合は今も昔も変わらないだろうことを考慮すると、音楽関連学部の学生数が減ったことは若者の人口減に呼応した適切な定員減といえるのではないか。
日本の音大はむしろここ30年間『拡大路線を走らず堅実に経営していた』ともいえる。
音大が今まであまり変わらなかったのは、音楽=芸術という「ビジネスとは縁遠い分野」のため、改革を強く求められなかったことも原因のひとつではないだろうか。
音大の専門学校化は必要か
この本で著者は『音楽大学はもっと幅広い人材が学べる内容に変えるべき』だと主張する。
しかし、幅広い人材が音楽を学ぶための場として、多くの専門学校がすでに存在している。
その中には実体がよく分からない専門学校もある。
そんな状態でいまさら音楽大学を専門学校化する必要があるのだろうか。
ほかの分野、たとえば医療系学部では、元来専門学校で資格が取得できる療法士系の養成大学が増えたが、これと同じことを音楽大学でやるべきだろうか。
門下生制度は『悪』なのか
音大には音大特有の『門下生』というしきたりがある。
門下生とは、特に私学の音大で入学前から特定の教授に指導を受けることである。
『音大崩壊』で著者は、門下生制度の存在が、同じ楽器を指導する別の先生の指導を受ける機会を奪っていると述べる。
『門下生制度は時代遅れの制度』だと著者は言う。
確かに、せっかく音大に入ったのに、いろいろな先生の指導を受けられないのはもったいない。若い音楽家が若いうちにいろいろな考え方に触れるのはとても大切だ。
ただ、門下生制度(≒徒弟制度)自体をなくす必要はないようにも思える。
音大の『時間をかけて丁寧に弟子を育てる』風土はデメリットばかりでなく、メリットも多い。
音大では教授と生徒の距離が近く、教授から手厚い指導が受けられる。
高い学費の裏返しともいえる少人数教育は音大のメリットのひとつなのだから、ほかの教授からの指導を確約しつつ門下生制度を残したほうがいいんじゃないかと素人ながら思う。
ベンチャー型人材をどうやって育てるのか
著者は『音楽教育をはじめとする芸術教育はイノベーションの源泉だ』と述べる。
この点については私も同意する。
シンガポールが音楽教育を重視する政策をとっていることがこの本で紹介されている。シンガポールが音楽教育を重視する政策をとっていることははじめて知った。
ただ、音楽教育とベンチャー型人材の育成をどのように結びつけるのだろうか。
今までの教育ではベンチャー型人材は生まれにくいのは確かだ。
著者は公教育に民間の力を導入することを提案している。
しかし民間の力を公教育に入れさえすれば、ベンチャー型人材を簡単に育成できるようになるとも思えない。
ベンチャー型人材の育成はそう簡単なことではないからだ。
ベンチャー型人材の育成は音楽教育と同じで、その人が元来持つ素質がモノを言う部分が大きいだろう。
イノベーションに繋がる発想を生み出せる人材を育てるには、結局は『個々の家庭で教育を選んでいくしかない』と個人的には思う。そして公教育が個性をつぶしすぎないことが大切だ。
個人的には、このブログで何度も紹介しているダルクローズ・メソッドは即興性が高く、イノベーションの源泉に繋がる音楽教育だとわたしは思っている(極私的、良いリトミック教室を見分けるポイントとは?・ダルクローズリトミック-即興の素晴らしさ・ダルクローズリトミック・アゲイン!・小学生リトミックのすすめ)。
ただ、ダルクローズ・メソッドは講師になるためのハードルが高くて講師がなかなか増えないせいか、日本国内でなかなか普及しないのが残念である。
音楽科目の外注化
小学校でのプログラミング学習・英語の導入を皮切りに、公教育の民間への外注化が進むかもしれない。
民間へ外注化しやすいのは音楽や美術、体育などの副教科だろう。特に音楽という科目は教師に「音大出身で楽器(ピアノ)を流暢に弾けること」というハードルがあるから外注化の理由がつけやすい。
民間の音楽関連企業は公教育での音楽科目の外注化を狙っているのだろうか。