(読書感想)安井かずみがいた時代(著者:島崎今日子)
安井かずみがいた時代-わたしはこの本を何度も何度も読み返している。
それほど、わたしはこの本には興味をそそられる。
安井かずみ(以下敬称略)は、1970年代を中心に活躍した作詞家だ。
安井かずみが書いた詞は四千曲を超える。
わたしが安井かずみという人を知ったのはまだ子どもの頃だった。
確か沢田研二(ジュリー)の「危険なふたり」という曲の作詞家として「安井かずみ」という名前を見たのが初めてだった。
安井かずみはわたしの母と同世代。
「危険なふたり」がヒットしていた当時、わたしはまだ子どもだった。
だから安井かずみの作詞家としての全盛期だった頃をわたしはリアルタイムでは知らない。
わたしが産まれた頃には安井かずみはすでに多くのヒット曲を手がけていた。
わたしは、安井かずみが作詞した数多くの曲を子どもの頃に聞いて育った世代だ。
バブル期の安井夫妻
わたしがテレビで安井かずみの姿をはじめて見たのは、バブルの全盛期に、高級そうでコンサバティブなスーツを着て夫の加藤和彦氏と映っていた姿だったと思う。
安井・加藤夫妻は当時、ゴージャスな理想の夫婦と言われていた。
バブルが弾けた直後、安井かずみが亡くなったのを新聞の訃報欄で見たのを鮮明に覚えている。
『安井かずみがいた時代』のあらすじ
この本は、安井かずみと生前交流があった人々に著者がインタビューした内容から構成されている。
インタビューした相手は林真理子氏、平尾昌晃氏、コシノジュンコ氏、ムッシュかまやつ氏、吉田拓郎氏などの有名人のほか、安井かずみの実の妹さんへのインタビューも掲載されている。
この本を読んで印象的だったのは、安井夫妻の印象が人によって違うことだ。
女性の友人知人はみな、安井夫妻のことを「仲の良い夫婦だ」という共通した印象を持っている。
対照的に、吉田拓郎氏は安井夫妻の印象について「生活感がない空間に住んでいる」、「ゴルフやテニスになんか興味がないのに加藤氏が安井氏に合わせて無理してつきあっているだけ」と手厳しい。
もうひとり、安井かずみの実の妹さんも、安井かずみが妹さんに「実際(の結婚生活)はそんな良いものじゃない」と話していたとインタビューで証言している。
吉田拓郎氏が証言している通り、安井夫妻は仕事として理想の夫婦を演じていた側面があったようだ。
加賀まりこのインタビューがない点が残念
ところで、加賀まりこへのインタビューがこの本には掲載されていないのが残念だ。
加賀まりこは、加藤和彦との結婚前まで安井かずみと密に親交があった。この本でもそう記されている。
加賀まりこならば、吉田拓郎と同じような感想を持っただろう。
そう思っていたところ、加賀まりこは著書『とんがって本気』で、安井かずみへの胸のうちを告白しているのを見つけた。
加賀まりこは著書で安井かずみへの思いをすでに記していたから、敢えてこの本のインタビューを受ける必要はなかったのだ。
なお、加賀まりこの著書の感想は(読書感想)とんがって本気(著者:加賀まりこ)にまとめた。
予想通りというべきか、加賀まりこは、安井かずみと加藤和彦の結婚生活について吉田拓郎と同様、生活感がない空間での彼らの結婚生活に疑問を感じていたようだ。
安井かずみのゴージャス感
この本によれば、中高とフェリスで過ごし文化学院に進んだ安井かずみは、もともと絵画を勉強するため芸大を受験したほどで、美術に造詣が深く、貧乏くさいものは生理的に受け付けなかったようだ。
安井かずみのゴージャス感は天性のものなのだ。
それだけでなく、この本を読むと、安井かずみが若い頃の日本は、美術や音楽などの芸術に今よりも価値を認めていた時代だということがよく分かる。
残念ながら日本はどんどんチープな方向に進んでいる。
美術や音楽などの芸術がどんどん軽んじられている。
この本で何人もの人が話しているように、残念ながら、安井かずみみたいなゴージャス感がある人は日本にはもう現れないかもしれない。
いや、予想を裏切って、そういうゴージャスな人が日本に表れてほしいものだ。
ゴージャスな「家系」
実は、ゴージャスなのは安井かずみだけでない。
この本に著者とのインタビューが掲載されている安井かずみの実の妹さんもまた、当時の女性としては華々しい経歴の持ち主だ。
安井かずみの実の妹さんは美大を卒業後、ほどなく渡米し、米国人のパートナーと立ち上げだ事業がアメリカで成功し、その後日本に帰国してから設計事務所を立ち上げ、フランス人男性と結婚し、今では医療関係のNPO法人のお仕事をされているとのこと。
実の妹さんは、安井かずみとは違う方向だけれども、当時としてはきわめて晴やかな経歴の持ち主だ。
インタビューにも書かれている通り、実の妹さんは敢えて、安井かずみと違う進路を選択してきたそうだ。
安井姉妹がゴージャスなのは「家系」としか言いようがない。
こういうゴージャスさは先祖から脈々と受け継がれてきたものなのだろう。
古き良き時代とは言いたくないけれど
著者もこの本で書いている通り、今の日本はユニクロなどのファストファッションが全盛だ。
安井かずみが大切にしていたであろう「高価で良いものを大切に着る」精神からは遠くかけ離れてしまっている。
こういう時代では、体の底から湧き上がってくる芸術はなかなか生まれないだろう。
古き良い時代と言いたくない。
けれど、良いものを大切にする文化は大事にしたい。
それに、内から湧き上がってくるものを表現することの面白さ・大切さを大切にしていきたいとこの本を読んで改めて思った。
もし安井かずみが生きていたならば、わたしの思いにきっと同意してくれるんじゃないかと(勝手に)思う。
安井かずみがいた時代
著者: 島崎今日子
初版: 2013年2月
発行元:集英社
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