(読書感想)待機児童対策・その1(同意できない点)
書名:待機児童対策
編著:八田 達夫
出版年:2019年
出版社:日本評論社
ひとこと
この本「待機児童対策」は経済学の視点からの待機児童対策に関する。
現政権が進める待機児童対策の方向性や内容を理解するにはこの本は役に立つだろう。
ただ買う価値は?なので、図書館で借りて読んでください(笑)
「待機児童対策」が提唱する待機児童対策では、保育の質はまったく勘案されていない点で片手落ちだということを考慮して本書を読むべき。
「待機児童対策」を読むと、残念ながら現在行われている待機児童対策では子どもの利益がほとんど考慮されていないのがよく分かる。
「待機児童対策」はツッコミどころ満載なので、いくつかの記事に分けて取り上げる予定。
経済学の専門家が待機児童対策のために色々と知恵を絞っていることは、この本「待機児童対策」を読めば良く分かる。
けれども、経済学の専門家ばかりで国の待機児童対策が決められるのは悲しいことである。
この本の編者
この本の編者(八田達夫、以下敬称略)はジョンズ・ホプキンズ大学で経済学博士の学位を取得した後、同大学で助教授・准教授・教授を歴任し、その後、大阪大学教授、東京大学教授、政策研究大学院大学学長を務めた、経済学の専門家である。
経済学の専門家が日本の待機児童政策に最も深く関わっている点が非常に重要なポイントである。この点については後述する。
この本の書評がネット上でいくつか見つけたが、残念ながら待機児童について詳しく知らないとお見受けする評者によるものが多い。
この本の概要
複数の保育関係者・自治体職員・大学教授との対談がこの本に収載されている。
けれども、この本に掲載された対談相手の中には、保育の質の重要性を主張する人は含まれていない。
具体的に言うと、この本に登場する大学教授はいずれも経済学者ばかり。
対談相手の人選がかなり偏っているのだ。
かろうじて、対談相手のうち自治体職員(江戸川区と横浜市)はニュートラルな立場で、社会福祉法人の理事長は公立保育園や社会福祉法人立保育園の存在意義を認めている。
けれども、それ以外の対談相手は保育業界への民間の参入に積極的な人たちばかりなのだ。
この本で感じた違和感
「保育の質」は抵抗勢力によるいいがかり?
この本を読むと、公立保育園や社会福祉法人等から構成される業界団体が「保育の質を守る」と主張して、株式会社立保育園の設立を妨害しているというニュアンスの記載が目につく。
私自身、長男を保育園に預けた経験から「保育の質」はとても重要だと実感している。
ここ10数年の間、都市部では保育園が乱立していて、保育園を取り巻く環境は年々悪化しているのを肌で感じるからだ。
「保育の質」の悪化は私だけでなく、ここ数年、保育園に子どもを預けたことがある人の多くが実感している。
こういった保育園を取り巻く事情をまったく知らない読者がこの本を読むと、公立保育園や社会福祉法人は待機児童解消を阻害している「害悪」と誤解するだろう。
公立保育園や社会福祉法人の関係者は、自分たちの既得権益を守るために株式会社立保育園に反対している人たちばかりではない。
この本には、社会福祉法人立の保育園の近くに株式会社立保育園を新しく設立しようとすると、社会福祉法人が役所を通じてクレームを言ってくるという記載がある。
私は保育園関係者ではないから本当のところは分からないけれども、実際にそういうことがあるのかもしれない。
ただ、現状、都市部では株式会社立保育園ばかりが増えていて、社会福祉法人立の保育園があまり増えないのは、正直ちょっと気持ちが悪い。
保育士不足と言われているのになぜ、株式会社立保育園はどんどん新設されるのだろう?
株式会社立保育園であるキッズガーデン川崎幸町の元園長が提起した雇止め裁判 の内容を見ると、同保育園が自治体に申請する際に、保育士を水増しした職員名簿を提出していたそうである。
認可保育所を自治体に申請する際に、保育士を水増しした虚偽の職員名簿を提出するというやり口が、株式会社立保育園では常態化しているのだろうか?
記事では保育園の名前は匿名になっているが、内容から判断して、おそらく同じ裁判を取り上げた記事(発覚!おぞましい「ブラック保育園」の実態)もある。
入所に際して高所得者が優遇されている?
この本には「認可保育所の入所に際し、両親がフルタイム勤務の世帯の優先順位が高く、パートタイム勤務の低所得者の世帯は保育園に入れない」という記載がある。
要するに高収入世帯が優先して認可保育所に入所しているという指摘がこの本にある。
けれども、この指摘は保育所の定員に余裕がある地域では当てはまるけれども、待機児童が多い激戦区ではまったく正しくない。
激戦区では待機児童が多いため、両親がフルタイムであることが認可保育所入所の最低条件になっている場合が多い(特に0歳児1歳児)。
なぜなら、認可保育所の入所選考に際し、非正規・パートであるか正規であるかを問わず、勤務時間が長いほど優先順位が高くなる自治体が多いからだ。
つまり激戦区では、パートであるか正社員であるかを問わず、両親がフルタイム勤務であることが認可保育所入所の最低条件であることが多い。
そのうえで、兄弟児が保育園に通っている等の他の条件が同じである場合、世帯所得が低い世帯から優先して認可保育所に入所できる自治体が多い。
つまり、激戦区では、他の指数が同じであれば、高所得者(正社員に多い)よりも低所得者(非正規・パートに多い)が優先して認可保育所に入所できる自治体が多い。
株式会社立保育園を肯定する理由付けの甘さ
この本には「株式会社立の認可保育所の中には、公立や社会福祉法人を凌ぐ評価を得ているところもいくつか存在する」との記載がある。
確かに、株式会社立の認可保育所の中にはきちんとした保育を行っているところもある(実際に見学していて感じた)。
本書を読んでいて気になった点がある。
保護者の評判が高い保育園ランキングとして、株式会社立保育園がいくつも上位に挙がっているケース(板橋区)が本書で取り上げられている。
このランキングは、あるウェブサイト(保育園まるごとランキング)に掲載されている。
この保育園まるごとランキングは一個人がやっているものではないようだが、このサイトには「保育園ランキング編集部」と書かれているだけで、どういう法人が運営しているのかよく分からない。
こういった民間のウェブサイトで上位にランキングされているのが株式会社立保育園ばかりだからといって、株式会社立保育園は公立や社会福祉法人より優れていると言い切れないと思う。
株式会社立保育園の質が良いことを裏付けるための根拠が甘すぎる。
こういう資料しか示せないのならば、株式会社立保育園が公立や社会福祉法人の保育園が良いことを裏付ける資料が乏しいのでは?と思ってしまう。
保育の質を下げることばかり提案されている
この本には、待機児童解消のため「認可保育所の保育士配置基準を認証保育所のレベルまで引き下げる」ことが提案されている。
つまり、認可保育所の保育士を現状の10割から認証保育所の基準(保育士は最低6割)に下げることがこの本で提案されているのだ。
もちろん、私はこれには反対。
論外だ。
登場するのは経済学者ばかり
この本に登場するのは経済学者ばかりである。
この本はあくまで経済学の視点からみた待機児童対策であって、福祉や教育の視点から見た待機児童対策ではない。それゆえ片手落ち感が否めない。
この片手落ちの待機児童対策が現在この国で進められている待機児童対策だと思うと、やるせなくなる。
この本を読んではじめて知ったこと
一方で、この本を読んで新しく分かった情報もある。
東京都の特別顧問として待機児童対策を指揮している鈴木亘氏(経済学者)と編者との対談は、鈴木氏の本音が語られているので興味深い。
鈴木氏の意見に同意できない部分も多い。
ただ、保育業界の内情そして東京都の待機児童対策の先導者がどういう考えを持っているのか、この本を読めば分かる。
東京都で認定子ども園が増えない理由
国全体でみると、保育所定員全体の約1/4の子どもが認定こども園で保育を受けているとのこと。
これに対して、東京都では認定こども園は5~6%に過ぎない。
実際、私が住む自治体(東京都内)でも認定こども園はまだまだ少ない。
一方で、地方では少子化で幼稚園の定員割れが深刻化しているため、保育園機能をもたせて生き残りを図るため、幼稚園→認定ども園に転換する園がかなり多い。
東京都で認定こども園が少ない理由は、東京都は文教族の国会議員が多く、この文教族の国会議員の子分である都議会議員も多い。このため、多額の私学助成金が幼稚園に支払われているので、幼稚園で定員割れが起きても経営を圧迫しないからだそうだ。
また、東京都では定員割れが起きていない幼稚園が多い。
だから東京都の幼稚園の多くは認定こども園に転換する必要に迫られておらず、こども園化が進まないそうだ。
私見
この本には全体を通して「保育園が足りないなら、基準を緩和して保育士の割合を下げたほうがよい」「保育士でなくても良いように制度を変えたほうが良い」などと、保育の質を落とそうとすることばかり書かれている。
こういう人が保育の政策決定の場にいるのかと思うと、本当にやるせなくなる。
責任者として保育園不足をなんとか解消しなくてはならないのは理解できる。
けれども、本当に質を大幅に落としてまで保育園を増やさなければならないのだろうか?
この本は経済学の観点から待機児童解消を考えたと編者は述べる。
けれども、これほどまで質を落として乳幼児を保育する施設を増やした結果、将来精神的に不安定な子どもが増えたり、子どもに目を向けずにネグレクトする親が増えたりするのではないだろうか?
それに起因して、将来、子どもの精神安定を図るためや子どもの虐待等に対応するために膨大な費用(負の経済効果)が発生する可能性があると思う。
こういう費用が発生する可能性について、編者は経済学者としてどう考えているのだろうか?
精神的に不安定な子どもが増えれば医療費も増えるだろうし、学校も色々と対応が必要になってくる。
子どもを虐待する親が増えれば、それに対応するための機関も必要になってくる。
そういう費用が発生する可能性を踏まえたうえで、保育の質を落とした待機児童対策を進めても、経済効果が高いといえるのだろうか?
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