(読書感想)崩壊するアメリカの公教育(著者:鈴木大裕)
「崩壊するアメリカの公教育」は、アメリカの公教育がどうなっているかを報告する貴重な本である。
著者である鈴木大裕氏は、コロンビア大学大学院で教育学を専攻した教育学の研究者である。
私は教育の専門家ではない。
アメリカの教育は「ひとりひとりの個性が尊重されている」というフワッとしたイメージしか持っていなかった。
ところがこの本を読むと、アメリカの公教育には民間企業がかなり入り込んでいて、個性が尊重されるどころかパソコンを使った画一的な学習が導入された地域もある。
「こどもたちがパソコンに向かって学習ソフトを使って勉強するのが標準的な学習スタイルで、パソコンの使い方をこどもたちに教える教師がいるだけ」という悲惨な状況の地域もある。
アメリカは教育格差が大きく、裕福な地域の公教育には莫大なお金が投入されて優れた内容になっている一方で、貧しい地域の公教育は「安い労働力を安く供給するための手段」になってしまっている。
日本にもアメリカのような教育バウチャー制の導入を導入したほうが良いと言う人もいるようだが、この本を読む限り、日本の公教育にはこれ以上民間企業を導入しないほうがいいと思った。
アメリカに比べれば日本の現在の公教育はかなり「まとも」だと思う。
感想
学習ソフトでの学習
次男が通う公立小ではタブレットが支給され、タブレットで使う学習ソフトを保護者が購入させられた。
次男が使う学習ソフトは、次男が取り組む一年生レベルの学習内容の定着には有効だと感じている。
しかし、小学校高学年・中学生と学習が進むにつれて、たとえば算数(数学)では「式を紙にきちんと書く」ことが重要になってくる。学習ソフトだけに頼った学習は限界があると私は思う。
この本を読んで、アメリカのこどもたちが学習ソフト中心の学習を余儀なくされていると知り、将来、「学習ソフトを使う学習をどこまで導入するか」が日本でも議論の対象になるだろう。
民間企業の参入をどこまで許すのか
上述の「タブレット用学習ソフト」のほか、プログラミング学習・英語学習などで民間企業が日本の公教育に入り込んでいる。
果たして、日本の学校は民間企業の参入をどこまで許すのだろうか。
個人的には、タブレット用学習ソフトもプログラミング教育も小学校での英語教育も無くていいと思う。
保育園には株式会社がすでに参入している
この本で著者は、株式会社が公教育に参入することの弊害を紹介している。
現在、日本の義務教育には株式会社が本格的に参入していない。
ところが、保育園にはすでに株式会社が参入してしまっているのだ。
当然のことだが、株式会社立保育園は民間企業が運営しているため「公」としての意識がない。
義務教育への株式会社参入ですら議論の対象になっているのに、より小さなこどもたちの教育が民間企業に委ねられているという矛盾を感じる。
新自由主義の象徴としてのPISA
PISAとは、OECD(経済協力開発機構)が3年ごとに実施する国際学力到達度調査である。
この本には「PISAと教育の数値化、標準化、そして商品化」という題でPISAについて簡潔に説明がある。
この本によれば「PISAの試験問題の作成は民間の大手教育関連企業が請け負っている」とのこと。
PISAの結果が公表されるたびマスコミは大騒ぎして報道するが、PISAの試験はどこの企業が作っているのかについてはほとんど報道されていない。
この本で著者が指摘しているように、市場経済の発展に寄与する機関であるOECDがなぜ、世界の公教育のレベルを判断する試験を作っているのだろうか。
PISAに警鐘を鳴らす教育者が大勢いることをこの本を読んで知った。
PISAに関して否定的な意見を日本のマスコミは報道してくれない。
この本を探して読む等、自分が積極的に情報を取りにいかない限り、PISAに関して否定的な情報は得られない。
巷では「世界標準の教育」のような薄気味悪い用語を目にすることが多くなってきた。
PISAが提唱する「グローバル・スタンダード」な学力が果たして「最適な学力」だろうか。
この本を読んで、PISAの結果を妄信しないほうが良いと思った。
財団の影響力
アメリカでは超富裕層が財団を設立していることはよく知られている。
わたしはアメリカに住んだことがないから「アメリカにある財団は寄付をし社会貢献をしている」と思っていた。
けれども、この手の財団は公教育の在り方に大きな影響を及ぼしているとこの本で初めて知った。
もっと言えば、公教育だけでなく、アメリカでの重要な政策決定にこの手の財団が大きな影響を及ぼしているのだろう。
この本は、私のように「日本で生活する日本人」が知らないアメリカの内情を教えてくれる。
崩壊するアメリカの公教育
崩壊するアメリカの公教育/鈴木大裕/岩波書店/2016年
崩壊するアメリカの公教育 - 岩波書店 (iwanami.co.jp)
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