(読書感想)教育鼎談 こどもたちの未来のために(著者:内田樹/寺脇研/前川喜平)

「教育鼎談 こどもたちの未来のために」は思想家の内田樹氏と、元文部官僚である寺脇研氏・前川喜平氏の対談である。

以前紹介した「これからの日本、これからの教育」では、元文部官僚である寺脇氏と前川氏2名による対談だったが((読書感想)これからの日本、これからの教育(著者:前川喜平/寺脇研))、この本「教育鼎談 こどもたちの未来のために」では内田樹氏を加えた3名による対談である。

「これからの日本、これからの教育」「教育鼎談 こどもたちの未来のために」とを比較してみると、異なる経歴を持つ人物が対談に加わることで話者の視点が拡がり、対談内容がグッと深くなるのが分かる(この本の前書きで内田氏がその旨を指摘している)。

大学進学率の頭打ち・薬学部増設ラッシュ・看護師養成校の選択肢の多様化・通信制高校についての話題が興味深かった。

これ以外にも、この本では多種多様な議題について議論がなされている。

 

看護師養成校の選択肢の多様化

看護師養成校の選択肢の多様化については、看護学部に縁がない私にとっては知らない話だった。

現状、高卒→大学の看護学部に進学するルートと、中卒→高校の看護学科に進学するルートがあるとのこと(さらに希望者には大学看護学部に転入可)。

多様な選択肢があるのは有難いことだ。

この本で著者らが強調していたのが生涯学習である。

今までは終身雇用制が主流でいったんレールを外れると復活できないのが日本社会の特徴だが、これからは、勉強しようと思い立ったときに学校に行き、何歳からでも学び直して仕事に就ける社会に変わっていってほしい。

 

大学進学率の頭打ち

大学進学率の頭打ちに関する話が興味深かった。

文科省は、大学進学率は1970年代以降、どんどん上昇していくと予想していたそうだ。けれども、1976年を境にほぼ20年もの間、大学進学率は37%前後で停滞した状態が続いた。

大学進学率の伸びが停滞した理由は、専門学校に進学する生徒が増えたことが一番の要因で「誰もが大学進学を望む」時代は終わり、大学進学より手に職をつけることを優先する人が増えて、価値観が多様化したからだとこの本には書かれている。

でも、1976年からの20年間の大部分を学生として過ごした私からすると、1976年からの20年間は高校生の数に比して大学の定員が少なくて、大学進学は今に比べて格段に厳しかった。

当時は2浪3浪しても希望の大学に合格できない人はたくさん居たし、多浪しても大学に合格できないから大学進学をあきらめて専門学校に進学した人も少なからず居た。

実際は、かなりの人が大学進学をあきらめて専門学校に進学していたと思うのだが。

 

大学の授業料が高すぎる

この本では「大学の授業料が高すぎる」点が議論されている。

大学の授業料が高すぎて学生自身が払えないから、大学選択時に保護者の意向がどうしても無視できなくなる・大学の授業料を学生自身のアルバイトで払える額にすれば、学生自身が自分で大学を選べるし、もしその分野が向いていなかったとしても別の分野に進めてやり直しが聞く、と内田樹氏は述べる。

内田樹氏は「大学の授業料を下げるべきだ」とほかの媒体でも発言しているが、この点については本当に同意する。

大学の授業料を無料にするのは難しかったとしても、大学の授業料をせめてバブル期の頃の学費まで下げてほしい。

私が大学生だったバブル期の大学の授業料は、私立文系で年間70万円前後・私立理系で年間100万円前後だったと記憶している。このくらいの額ならば、親からの援助と学生自身のアルバイトで授業料をまかなえる。

それが今では、大学の授業料は私立文系でも年間100万円越え、私立理系に至っては年間200万円近くになっている。

日本人の平均年収は450万円前後である(日本人の平均年収はいくら?男女別・年齢別など詳しく解説!収入アップの方法も)。共働きで仮に450万円×2=900万円だとしても健康保険料や社会保険料などを差し引けば、手取りはもっと少ない。その中から年間200万円近い学費をどうやって捻出できるというのか。

 

私立通信制高校について

この本では、株式会社立学校として通信制高校が取り上げられていた。

株式会社立大学は経営がうまくいかずに撤退したところも多いが、株式会社立高校(私立通信制高校)の多くははうまくいっているそうだ。

高等学校無償化により、低所得世帯に対しては私立高校の授業料が就学支援金として補助される。

私立通信制高校も全日制高校と同様に就学支援金が出ることもあって、私立の通信制高校に通う生徒が増えている。

「楽して高校卒業資格を得たい」という生徒のニーズと「就学支援金が出るので金銭的負担が少ない」という保護者のメリットと「就学支援金が出るから楽に授業料をとれる」という学校側のメリットが相まって私立の通信制高校の人気を下支えしているのだ。

ただ、この本でも指摘されているように、私立通信制高校は「きちんと勉強をしなくても高校卒業資格がとれる」、つまり、一種の「ディプロマ・ミル」になっているのでは?という素朴な疑問を感じずにはいられない(きちんと勉強しないと卒業できない老舗の私立通信制高校は別である)。

もちろん、学業と自分のやりたいことを両立させるために私立通信制高校を敢えて選択する人もいる。

とはいえ、特段の目的はなく「楽に卒業できるから」という理由で私立通信制高校を選ぶ人は少なくない。

この本で寺脇氏が指摘するように、自由な学問の場である大学とは異なり、高校までは学びの場がきちんと機能しているか保障する必要があると私は思う。

 

子どもに休息を、学校に余白を

この本の最後の小見出しが「子どもに休息を、学校に余白を」である。

まさにその通りで、習い事・通塾のさせすぎには注意しなければならない。

「何かの機会に学生にスイッチが入って、学びが起動する瞬間に立ち会うのが感動的だ」という内田樹氏の言葉が印象に残った。

一方的に教え込むのではなく、こどもにスイッチが入る瞬間をひたすら待つことが大切なのだ。

 

教育鼎談 こどもたちの未来のために

教育鼎談 子どもたちの未来のために - ミツイパブリッシング (mitsui-publishing.com)

ミツイパブリッシング
2022年
内田樹・寺脇研・前川喜平

 

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