(読書感想)複雑化の教育論(著者:内田樹)

「複雑化の教育論」は、著者である内田樹氏が2020年の夏から2021年の3月までに行った教育にについての講演を書籍化したものである。

「複雑化」とは成熟のことであり、こどもたちが成熟するきっかけを与えるのが教育の大切な目的であると内田氏は述べる。

この本には「複雑化」について幾つものトピックスが取り上げられているが、私はそのなかで2つのことが印象に残った。

 

校舎が人を造る

内田樹氏が勤務していた神戸女学院の校舎は、ウイリアム・メレル・ヴォーリズというアメリカ人建築家が作ったものだそうだ。

ヴォーリズという人は日本でたくさんの教会や学校を設計していて、関西学院の校舎もヴォーリズの作品とのこと。

なかでも神戸女学院の校舎はヴォーリズの最高傑作と言ってよいと内田樹氏はこの本で述べている。

外見ではなく、中で過ごしてみるとヴォーリズの天才性が良くわかるのだそうだ。

そのひとつが、授業をしていると声の通りが良いこと。授業をするのが楽しくなるそうだ。

そして、1階と2階で教室の配置や間取りを変えていたり、隠し部屋がいくつもあったり、眺めが良いトイレがあったりと、趣向を凝らした造りになっている。

教師だけでなく学生たちもワクワクするような造りになっている校舎で学べるなんて羨ましい。

私もこれまで、色々な用件でたくさんの学校を訪問してきたが、キリスト教系の学校のほうが建物の大切さを理解しているようで、キャンパスに趣向を凝らしていると感じる。

特に、キリスト教系の女子大など、学校の敷地全体が「小さな世界」を醸し出している。

対照的に、日本の公立学校(小・中・高)の校舎はとにかく画一的で暗い。

私が小中学生の頃の美術教師や音楽教師は英語や数学などの教師とはまったく違う雰囲気を醸し出していて、美術室や音楽室は子どもたちの隠れ家的な機能があったけれども、今は美術や音楽は非常勤講師が多く担当するようになったせいか、こどもの隠れ家が学校から無くなったように思えてならない。

日本人は、学校の校舎の在り方をもっと考えたほうがいいと思う。

ただ、最近は公立の学校でも、デザインが斬新だったり吹き抜けを活用して明るい校舎のところもある。たいてい景気が良いときに建てられたものだ。その一方で、景気が悪いときに建てられたのだろうか、新しく建て直したのに安普請でプレハブ小屋みたいな貧相な造りの校舎もある。

 

中高一貫校について

内田樹氏は、今の学校教育がうまくいかなくなった理由のひとつとして中高一貫教育(特に男子の中高一貫教育)を挙げている。

受験の効率性という点では中高一貫教育が優れているのは明らかだが、12歳から18歳という、人間が一番変化する時期を同じ環境で過ごすことによる弊害を内田氏は説く。

中高一貫校だと、高校の半ばで壊れてくる子が出てくると内田氏は述べている。

確かにその通りだろう。中高一貫校に進んだものの、通信制高校などに途中転学する生徒の話はよく聞くからだ。

今は、東大生の6~7割が中高一貫校出身者で占められているが、東大生が幼児化する原因のひとつを中高一貫教育が担っているのではないかという内田氏の説明には頷けるものがある。人生で最も多感な時期を似たような環境で育った生徒だけに囲まれて6年間過ごすことによる弊害(こどもの成熟を削ぐ)はあるだろう。

中高一貫教育による弊害をはっきりと指摘する有識者は少ない。

なにせ、現在、有識者の多くが中高一貫校の出身者である。中高一貫校にはメリットもあるのは確かだし、中高一貫校を否定することは自身の否定になる。だから中高一貫校を否定する声は大きくならない。

内田氏は日比谷高中退→大検合格→東大という異色の経歴の持ち主だから、中高一貫教育を外から見て発言できるのだろう。

とはいえ現実は、公立に行けばいいかというと、そうとも言えない。

こどもたちを公立の学校に通わせてみて、自分が子どもの頃よりも公教育(小学校・中学校)は確実に劣化していると実感するからだ。

公立小中ではもう余計なことはやらないでほしい。やらされ勉強ばかりを子どもたちに課している。

必要最低限の勉強で十分だ。それだけクリアされれば、公立小中に通わせてもいいと思う。

 

複雑化の教育論


複雑化の教育論(シリーズ・越境する教育)/内田樹/東洋館出版社/2022年

 

複雑化の教育論 (シリーズ・越境する教育) – 東洋館出版社 (toyokan.co.jp)

 

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