(読書感想)なぜ理系に女性が少ないのか(著者:横山広美)
昨年、東工大の入学試験での女子枠設置が大きな話題になった。
東工大をに続いて、女子枠を設ける国公立大学が続々と現れている。
世の中はリケジョを増やす方向に舵を切っている。
今「理系女子を増やす」流れに異論を唱えることが憚られる空気すら、ある。
「リケジョを増やす動きに水を差すな」という同調圧力を感じる今日この頃である。
そんな中でこの本(なぜ理系に女性が少ないのか)を手に取ったのは、本の帯に礼賛の言葉が並んでいたからだった。
なぜ「ジェンダー問題」に帰結するのだろうか
ところが、実際にこの本を読んでみたところ、
この本の、
「日本女性は数学ができるのに、親が持つジェンダーステレオタイプに阻害されて、数学や物理の道に進む女性が少ない」
という論調に違和感を持った。
生物学的要因による男女差
確かに、優秀な女性の足を引っ張ろうとする大人はたくさんいる。
そして、確かに「女子は男子に比べて数学ができない」という認識を持つ人は多い。
けれども、この本で著者が主張するように「女性が数学や物理を専攻しないのは親のジェンダーステレオタイプが原因」と断定するのは早計だと思う。
著者は、数学の成績分布の性差を知っていながら、この本ではそれについて深入りしていない。
この本で著者は「アメリカでは数学の成績上位5%の男女比は20年間2:1だという報告」・「日本の数学・算数のテストで女子は平均層が厚く、両極で薄いという報告」が発表されていると述べる。
実際、中学受験の模試で算数の成績上位者は男子が6、7割を占めることは、受験業界の人はみんな知っている。
そして、都立進学指導重点校では、入試における数学の得点(受験者平均得点)が男女で10点(100点満点中)違うこともあるし、女子の数学の高得点者層が男子に比べて薄い。
これらのデータは、男女のIQ値と同様の傾向がある((読書感想)もっと言ってはいけない(著者:橘玲)(その1)男女の知能差について)。
男性は女性に比べて高IQ者が多いと同時に低IQ者も多く、女性は平均IQ者の層が男性よりも厚い。
つまり、そこそこできる人の割合は女性のほうが男性よりも多いが、飛びぬけて優秀な女性の割合は男性よりも少ない。
実際、神奈川県の最難関進学校である横浜翠嵐高校の入学者の男女比はここ数年、男:女=2:1で推移している。言うまでもなく、長年取り上げられている東大に占める女子学生の比率も同様の傾向である。
成績最上位層は男性の比率が高いという事実は無視できない。
理系女子を増やしたいならば、進学校に働きかけるほうがいい
男女問わず、理系への進学率は偏差値が高い学校ほど高いことはよく知られている。
理系女子を増やしたいならば、進学校に通う女子の理系進学率を高める活動をするのが先決だと思う。
でも、この本では「理系女子が少ないのはジェンダー問題が一因」という話に帰結するところに無理矢理感がある。
この本にはたくさんのデータが列挙されているが、その多くがアンケート結果の集計である。
アンケートでの「どう思いましたか?」という問いに対する答えは主観的になりがちである。
それに、大学入試の選抜方法・大学中退率・大学進学率・大学卒業者・理工系大学進学者の割合は国ごとに異なるのだから、これらの違いを無視して日本で理系女子の少ない原因を議論しても仕方がない。
日本のように「一般入試での入学者の割合が多く、大学入学後は中退率が低い国」と、アメリカのように「大学入学はわりと簡単だが、卒業するのが難しく大学中退率が高い国」とを同列に語ることは難しい。
アメリカのように、推薦入試による入学者の割合が増えれば女性の割合が高くなるだろう。また、女性のほうが真面目なので、大学卒業が難しい国では大学卒業率は女性のほうが高くなるのは必然的だ。
教育カリキュラムの問題
この本では、教育カリキュラムについての議論があえて避けられている。
しかし、理系女子を増やしたいならば、教育カリキュラムについての議論は避けて通れまい。
公立校の現行カリキュラムは「中学数学の内容の薄さに比して高校数学のボリュームが厚すぎる」という特徴がある。
男女問わず、高校数学で脱落し文系進学を決める者は多い。
だからこそ、大学入試で有利になるように、中高一貫校の多くは中学数学を短期間で修了させ、中学段階で高校数学の学習を開始するカリキュラムを採用するのだ。
「落ちこぼれ男子学生」の問題
この本でも一言触れられているが、男子よりも女子の大学進学率が高い国も結構あり、そのような国では、落ちこぼれ男子学生が問題になっている。
たとえば、米国では白人男性が優遇を受けられず相対的に入試に不利になる。
米国では、アファーマティブ・アクションを見直す動きがある。
日本はアファーマティブ・アクションについては諸外国から「周回後れ」である。
今までの日本の一般入試(試験一発勝負)は競争本能をかきたてるので、男子向きだといえるかもしれない。
つまり、今までの日本の入試制度によって、落ちこぼれ男子の産出が食い止められていたともいえる。
だからこそ、日本は、アファーマティブ・アクションを無条件に導入するのは避け、諸外国の先例に学ばなければならない。
試験だけで合否を判定する一般入試は、性差や出自に関係なく試験の点数が基準を達した人を合格させる公平な選抜方法だから、一般入試はこれからも続けたほうがいい。
理系女子のロールモデル確立を
個人的には、数学や理科が面白いと思う女性はどんどん理系に進めばいいと思っている。
現在すでに、物理や数学が得意な優秀な女性が大学で物理や数学を専攻し、専門分野を活かした仕事で活躍していることは言うまでもない。
けれども、広くぼんやりと「日本女性は優秀だから、ぜひ物理や数学を専攻してください」と世間に訴えても、理系に進学する女子は増えないだろう。
男性に比べて女性のほうが現実志向である。
職がないならば、たとえ数学や理科が得意でも理系に進もうと思う女性は増えないだろう。
数学や物理が得意な成績最上位の女性の多くが医学部に流れているのは「医師になれば一生食べていける」と見越しているからだ。
この本で著者が提案するように、大学や研究機関のポストに女性枠を作って、理系女子の職業選択のロールモデルを作るのは有効だと思った。
今まではあまりにも、大学教員のポストが女性に開放されてなさすぎた。
特に、地方で理系女子を増やすならば、理系女子の職業選択のロールモデルをしっかりと確立させることが必要だ。
そして、大学教員のようなアカデミックな職業だけでなく、物理や数学を専攻した女性が一般企業で活躍できるロールモデルが確立できたとき、理系にすすむ女性の数がもっと増えるはずだ。
なぜ理系に女性が少ないのか
幻冬舎新書
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